本屋でOh My God! ある小噺
(2003.4.5)

 「ご隠居さんご隠居さん、居てはりまっか?」
 「誰や思うたらあんたかいな。まあ一寸お上がり。茶ァでもあげよ」
 「そら有り難い。そう言えばお茶には何ぞ甘いもんが付き物ですな」
 「あー、皆迄言わんでもよろし。そこの茶箪笥開けなはれ。ショート
ブレッドが入ったある」
 「ショートブレッドとは又ご隠居さんにしちゃハイカラなもん…そう
そう、そのショートだんねん」
 「何やえらい強引に話し思いつきはったな。どうせ又物調べに詰まった
から言うてこの年寄りをからかいに来はったんやろ」
 「それがそうでもおませんのや。亀の甲より年の功言う事を痛感した
んでチョイとお知恵拝借したなりまして」
 「其れとショートブレッドが関係おますんかいな」
 「ブレッドは関係おへん。ショートが関係おますねん」
 「ほうほうショートとな。一寸待ちなはれ。うろ覚えやったらいかん
から辞書も見る事にしまひょ」
 「そら心強い…って、又偉い厚い辞書でんな」
 「研究社英和大辞典第6版。2002年3月初版になってますな。で、何を
調べますんや?」
 「ショートアイズ言う言葉について知りたいんですわ」
 「ショートアイズとな。私も初めて聞く言葉やな」
 「そら日本に住んではるからでっしゃろ」
 「てんごはよろし!……おまへんなぁ。大体ちゃんとした言葉なんです
やろな?」
 「何ぞアメリカの方の…スランプやなし…何やったかいな、俗っぽい
言葉やと聞いた覚えが」
 「あんたの言いたいのはスラングでっしゃろ!ならこっちをみまひょ
か。秀文インターナショナル刊の現代スラング英和辞典1986年版」
 「よくぞ持ってなはったもんや」
 「あらへんなぁ…。一寸聞くがおまはん、その言葉何処で仕入れなは
った?」
 「へえ、現代用語の基礎知識だ」
 「何年版や?」
 「2000年版でんがな」
 「つかぬ事聞くが、おまはんの娘さん確か大阪南港に一月おきにか出
かけて仰山本買うてはるらしいがその絡みかえ?」
 「実はそうだんねん。ショタコンがどうこう言うて言い合いになった
らしゅうて、其れで訊かれましたんや」
 「で、自分で調べるのは面倒や言うて私の所へ来たと」
 「ようお判りで」
 「あんたの事はこまい頃からよう知ってるからお見通しやがな。最初
からショタコンって何だんねんと聞けばすぐ答えたやろに」
 「で、ご隠居さん。ショタコン言うたら何だんねん」
 「どうせやったら現代用語の基礎知識見ながら一緒に調べましょ。そ
このコンテナ持ってきてくれますか」
 「へえへえ…って、これ又重いなぁ」
 「1985年以降の現代用語の基礎知識が入ってますさかいにな」
 「わっちゃー。薮蛇にしてもうたがな」
 「なんぞ言いなはったか?」
 「空耳でっしゃろ」
 「まあよろし。で、ですな、この事典には1991年からショタコンの事
についてチョコチョコと書いてある」
 「干支一回り一寸でっかいな」
 「其れも最初はやおいの説明文に紛れてちょこっとやな。あんさん、
やおいは知っとったか」
 「八百屋の源さんとこでっしゃろ?」
 「それは八百井や!基本的なボケやってどないしますねん」
 「一寸したお茶目ですがな。要は男同士が乳繰り合ってるマンガでっ
しゃろ?」
 「まあ、一寸ズレとるけどそう外れても無いからそうしとこ。今は
ショタコン調べが先やし」
 「奥歯に石挟まってまへんか?」
 「後で歯医者行きますがな。ほう、最初は鉄人28号の正太郎君が語源
やと言う事になってある」
 「そうだんな。94年から半ズボン趣味とも書かれてますな」
 「あんさんもよう見とるな。独立項目では無かったんやな…と、97年
の分見しとくなはれ」
 「………」
 「……没頭してなはるな。聞えてますか?!」
 「いやいやいや、物調べって存外楽しいもんですな」
 「面白い事載ってなはったか」
 「97年版はショタコンが独立項目になってますわ」
 「ほう、一寸拝見。少年にしか興味を示さぬ女性、その趣味とな。で、
別項で正太郎少年語源で正太郎少年を知ってる当時30代の女性が同人誌
販売会で使ったとな。で、ロリコンとは対の言葉や、と」
 「ご隠居さん」
 「何ですか?」
 「鉄人28号言うたらあの白黒マンガでっか?」
 「そうなん違いますか?少なくともこの解説書いてはる人にとっては」
 「はあ、そうだっか…。ショートアイズって出てきまへんなぁ」
 「待たせましたな。出て来ましたえ」
 「出て来ましたか」
 「1999年版ですな。正太郎語源説もあるが、正しくはそれ以前からある
ショートアイズコンプレックス、やと言う事になっとる」
 「やおいのとこの説明もそうでっしゃろか?」
 「其れやがな(笑)」
 「ご隠居さん、いきなり括弧文字使いなはんな。何や調子狂う」
 「ほな普通に。やおいの説明は相変わらず正太郎君や」
 「なんや、それ」
 「私に言うても知りまへんがな。さて、2000年版再確認や」
 「ショートアイズってなってまっしゃろ?」
 「両目の近い子供を指す俗語、か。所がやおいの方は相変わらずやねん
な」
 「一つの事典に2つの解釈て、ややこしなぁ」
 「で、やな。これが2001年以降になるとピタッとショタコンの項目が
なくなりますんや」
 「独立してまへんのか?」
 「やおいの説明の為の言葉に又戻る訳ですな」
 「何や狐につままれたような話ですな」
 「多分こう言う事だっしゃろ」
 「ああ、そう言う事だっか」
 「まだ何も言うてへんがな」
 「えろうすんまへん」
 「まあよろし。とどンつまりは現実を表す言葉が急に入用になったん
でやおいの説明から引っ張って来た、と。そこから又何ぞ問題があって
別の解釈持って来たん違いますか?」
 「そんなもんでっしゃろか」
 「後は自分で調べてみなはれ。私は一寸横にならして貰いまっさ」
 「えろうすんまへんでした。又後でなんぞ持って来ますわ」
 「ほな七輪用意させて貰っとこかいな」
 「?」
 「ショウタン(塩タン)持ってきてくれはるんやろ?」
 どっと払い。

  *2003.4.9追記
   『現代用語の基礎知識』の余りの言葉を扱う感覚に
   腰砕けになってつい小噺風に仕上げてしまった戯文
   であるが…ここまでいい加減な取り上げ方も無いと
   思う。
   一応再度1999年版以降の『やおい』の項目中のショ
   タコンの説明を見たのだが、
   
   『少年趣味』ショタコン(正太郎コンプレックス)
   
   となっている。その一方で1999年版では正太郎語源
   説を否定しているのだから大した編集方針だ。
   もう一つ言えば1999年版以降外来語・カタカナ語の
   説明の部分に『ショートアイズ』の項目はない。
   そして2003年版。やおいの項目も無ければショタコ
   ンの項目も無くなっているんである。

   因みに、『平成新語×流行語小辞典』(稲垣吉彦著
   /講談社現代新書/1999.4.20初版)に於いてショタ
   コンを検索すると平成8年に登場したらしい言葉と
   カテゴライズされている。只その説明がどうも1997
   年版の『現代用語の基礎知識』の独立説明と同じ文
   面に読めるんですが。